一番ラクになる仕事から始めない。
連載|AIを業務で使い続けるための条件
2026/10/27

一番時間が減る仕事が、最初に変えるべき仕事とは限らない

業務にAIを取り入れるとき、社内で「AIで効率化したい仕事」を募ると、たくさんの候補が集まります。しかし、作業時間が減りやすい仕事や、仕組みを作りやすい仕事から順番にAIを入れても、顧客や会社の成果にはつながらないことがあります。AIを使わずに業務のルールを決めるだけで解決する仕事もあれば、時間が減っても顧客とのやり取りの質が変わらない仕事もあるからです。

では、複数の候補の中から、最初にAIを試す仕事をどうやって1つに絞ればよいのか。架空の研修会社が3つの候補を比べて選んだ流れを追い、そのうえで自社で選ぶときの基準を整理します。

架空の研修会社が、営業の3つの仕事から「初回面談の準備」を選んだ理由

法人研修の会社、アルテラ・キャリア株式会社の例です。説明のために作った架空の会社で、実在の会社とは関係ありません。この連載の1本目の記事でも取り上げました。今回は、1本目の記事で紹介した面談より前、AIで何を試すかを選んだ段階の話です。

アルテラ・キャリアの営業部で、AIを使えそうな仕事の候補を洗い出したとき、現場からは次の3つの仕事が挙がりました。

1つ目は、ウェブサイトから届いた問い合わせを、どの営業担当が受け持つか振り分ける仕事です。誰が担当するか曖昧なまま半日ほど対応が止まることがあり、AIで過去の担当履歴から自動で振り分けたいという意見が出ました。

2つ目は、初回面談の準備と記録です。営業部長からは、過去のやり取りを顧客管理システム(CRM)から探す時間をAIで減らすよう求められていました。一方で営業担当の1人に聞くと、「時間より、お客さまの状況を取り違えるほうが怖いです。古い記録を見て話を進めると、面談の最初でつまずくので。」という答えが返ってきました。

3つ目は、面談のあとに作る提案書の体裁やデザインを整える仕事です。月に30件ほどあり、1件あたり40分かかっている作業をAIで20分に減らせば、営業部全体で月に10時間浮くという計算でした。

使える時間と費用の枠を先に決め、3つの候補を同じ土俵で比べた

3つの候補を同時に試す余裕はありません。そこでAIの導入を担当する社員は、営業部長と相談し、まず「1か月の試験導入に使える社内の作業時間と費用の上限」を先に決めました。そのうえで、3つの候補を同じ枠の中で比べました。比べた結果は、次の表のとおりです。

候補となった仕事現場の困りごとと件数比べた結果とアルテラ・キャリアの判断
① 問い合わせの担当者振り分け誰が担当するか曖昧で、最初の対応が止まる【AIを使わない】
顧客の業種と従業員規模で担当を決める「振り分け表」は、社内の作業8時間で作れる見込みで、追加の費用はかからない。AIに推測させる必要はない
② 初回面談の準備と記録新任管理職研修の相談で月100件(営業担当2人が受け持つ。試験導入ではこの全件で使う)。過去の別案件と今回の相談が混ざり、面談の最初でつまずく【最初に試す仕事に決定】
面談の終わりに顧客と次の行動を合意する(目指す結果)うえで、一番の妨げになっている。時間と費用の枠をここに集中して試す
③ 提案書の体裁・デザイン調整月30件。1件40分の調整を20分に減らせば、月10時間浮く【後に回す】
減らせる時間は計算しやすいが、見た目を早く整えても、面談で顧客の状況を取り違えていれば提案は通らない

1つ目の「問い合わせの振り分け」は、AIを入れないことにしました。対応が止まっていた原因は、判断が難しいからではなく、社内で振り分けのルールが決まっていなかっただけだからです。ルールを作るのに社内の作業8時間と見込み、AIを使わずに先にルールを作ることにしました。

3つ目の「提案書の体裁調整」は、一番分かりやすく時間が減る候補でした。しかし、たとえ提案書が半分の時間で作れても、初回面談で顧客の課題や予算の状況を聞き漏らしていれば、的はずれな提案書が早くできあがるだけです。

そこでアルテラ・キャリアは、目指す結果である「面談の終わりに、顧客と次の行動を合意できていること」に一番影響する、2つ目の「初回面談の準備と記録」を最初の1件に選びました。

使える枠の固定と、ルールで直るかの見極めを先に行う

AIを試す仕事をどうやって選ぶかについて、HubSpotの導入や、CRMとAIを業務に組み込む支援をしている株式会社100は次のように考えています。

まず、候補を比べる前に、試験導入に使える社内の作業時間と費用の上限を決めます。上限を決めずに候補を並べると、「どれも少しずつ試そう」と手が広がり、情報を整える作業や出力を確かめる作業が中途半端になりがちだからです。

次に、AIを入れる前に「その困りごとは、人間がルールや手順を決めるだけで直らないか」を確かめます。振り分けの基準や、入力する項目のルールが決まっていないだけの仕事にAIを入れると、曖昧な状態をそのままAIに推測させることになり、かえって確認の手間が増えます。

そして、残った候補の中から「作業時間が減るだけの仕事」ではなく、「顧客や会社の目指す結果(ゴール)を妨げている仕事」を選びます。個人の手元の時間が少し浮いても、仕事の進め方や顧客との合意が変わらなければ、組織としての成果にはつながらないからです。

「AIが文章を作るところ」だけを切り取らず、前後の確認と記録まで含めて選ぶ

試す仕事を1つに絞ったあとも、AIにどこまで任せるかを業務の流れの中で決めておく必要があります。

1本目の記事でも紹介した、ボストン コンサルティング グループ(BCG)のコンサルタント758人を対象にした2023年の実験では、当時のGPT-4がこなせると研究者が判断した課題で完了数が増えた一方、その範囲を越える分析課題では、AIを使った人の正答率が下がりました。1つの仕事の中にも、AIに任せてよい工程と、人が確かめて判断すべき工程の両方が含まれています。

そのため、仕事を選ぶときは「AIに準備メモの文章を作らせる」という点だけを切り取って試すことはしません。「相談を受け取り、AIが過去の記録から準備メモの下書きを作り、営業担当が根拠を確かめて直し、面談のあとに合意した次の行動を記録する」という、仕事の始まりから終わりまでを1つのまとまりとして扱います。

アルテラ・キャリアでも、この一連の流れのうち、AIに任せるのは「どの記録を根拠にしたかを添えて、準備メモと質問の案の下書きを作るところまで」と決めました。そのメモを確かめて直すことと、顧客に提案を送る判断は、営業担当が受け持ちます。

自社で、最初にAIを試す仕事を1つに絞るときに確かめること

自社でAIを使いたい仕事の候補がいくつか挙がったときは、始める前に次の5つを確かめて1つに絞ります。

  • 使える時間と費用の上限:今回の試験導入に使える社内の作業時間(情報を整える時間や確認する時間を含む)と、費用の上限はいくらか
  • ルール変更で直るか:AIを使わずに、判断の基準や手順、テンプレートを決めるだけで解決しないか
  • 目指す結果とのつながり:時間が減るだけでなく、顧客との合意や、やり直しの減少に直結する仕事か
  • 仕事の始まりと終わり:AIの出力だけで切り取らず、誰がどう確認し、どこに結果を記録するかの流れまで含めて試せるか
  • AIに任せる範囲:その仕事の中で、どこまでを下書きとしてAIに任せ、どこからを人が確かめて決めるか

一番時間が減りそうな仕事より、目指す結果を左右する1つの仕事から始める

「提案書の調整が月10時間減る」といった時間の計算は分かりやすく、最初のテーマに選ばれがちです。しかし、本当に顧客とのやり取りや成果を変えるには、まず使える時間と費用の枠を決め、ルールで直る仕事を除いたうえで、目指す結果に一番影響する仕事を1つ選びます。

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田村 慶

田村 慶

株式会社100 代表取締役

2005年に株式会社24-7を創業し、2012年からHubSpot事業に取り組む。2018年に株式会社100を創業。日本唯一のHubSpot Eliteパートナーであり、日本初のLovable公式パートナーである同社を率いる。HubSpotとLovableを組み合わせ、AI時代のGTM戦略から仕組みの構築、運用改善まで支援している。

『HubSpot大百科』の著者。HubSpot公式トレーナーや、HubSpotユーザーグループの主催者として、HubSpot利用者の交流や学びの場づくりに取り組む。
HubSpot社とAIに関する提言や議論を行うHubSpot AI PACメンバー。
2026年10月、Lovableアンバサダープログラムの東京「City Lead」に就任。

出典

  • Fabrizio Dell'Acqua ほか「Navigating the Jagged Technological Frontier」Organization Science 37(2)、2026年(https://doi.org/10.1287/orsc.2025.21838)
  • アルテラ・キャリアの例:株式会社100が説明のために作った架空の会社で、社名は仮に付けたものです。実在の会社や顧客事例とは関係ありません